オーストラリアの山火事が心配・・・

オーストラリア東部ニューサウスウェールズやクイーンズランドで深刻な山火事が続いています。日本の新聞でも取り上げていますが、気になってシドニーに暮らす友人にメールをしたら、「非常事態」と大きく書かれた新聞の画像を送ってくれました。シドニーには、今夏、わが家に泊まったダグさんも暮らしているし、他にもホームビジットでゲストとして今春もてなしたビルさんご夫婦も住んでいます。今年の干ばつは特に酷く、火災は彼らの友人の家の近くまで来てるといいます。数百の家屋が焼失し、100万ヘクタール以上が焼失、風は100辧気温37度で非常に乾燥しているのに加え、カラカラに乾いたユーカリの木が密集しているので、あっという間に火が出る状況、更に更に悪化してるようです。コアラが300頭焼け死に、地震や台風がない国だけれど、この火災は大災害なのです。

人と人が繋がるということは、その人が暮らす地域、国とも繋がるものです。これまで海外の出来事は、どこか他人事でしたが、こうして深刻さを直に感じるというのは、やはり、人との生の交流がいかに大切なものか、と、想い知らされます。

 

 

台風で想う

台風19号が去った日の新聞に、川野里子さん(歌人)の言葉が紹介されていた。

・・・台風が去った朝、これが本当に水と空気の仕業かと、驚く(中略)個体、液体、気体という物質の三態によって人間の歴史を眺める時、近代以降はいかにも個体優勢の時代であった。鉄道という鉄によって全国を繋ぎ、国土という土地を拡大し守るために戦い、コンクリートであらゆる場所を固めた。しかし、振り返ってみると、近代以前は海や川を使った水上交通が主要であり、天気予報が無いから空模様をよく読んだ。つまり液体と気体のゆらめきと不安定さに寄り添いながら生きていたのだ。個体優勢の世界は液体や気体の氾濫に弱い。私たちは個体を中心にする思考に慣れ過ぎ、液体を気体を扱いかねているのだ。あるいは人間のこころにとっても個体優位の世界は硬すぎて辛くなっているのかもしれない。

・・・逃げることがほとんど生きることなりき落ちて形のきれいな椿・・・山下翔(20代の歌人)

液体のように流れ、あるいは気体のように気化して「逃げる」。そのようにして守ることは一つの生き方だ。苦しい現実を背負う若者の一人として山下が見ているのは、個体と個体のすき間であり、そこをどのように変態して生き抜くかという切実な問いなのだ。美しい形を保つ椿が目に痛い。台風はまたやって来る。水と空気からの激しい詰問のようだ。

 

この記事を読んで、強靭な台風に立ち向かう術と不安な今の時代に立ち向かう術は、どこかで繋がっているのかも知れないと想えてきた。

 

 

 

 

夢を気にするという事、、、、

久しぶりに近所にある鶴亀温泉に行ったら、夏の疲れがどっと吐き出されようにぐっすり眠れた。そして、夢を見た。何層にもなった家の最上階、雨漏りがひどく、何階か下に降りて雨漏りを凌いでいる。それが自分なのか、それともそういう光景を自分が眺めているのか夢なので判然としない。

朝から妙にこの夢が気になり、ネットで調べる・・・この手の夢は何かの警告で、天井というのは体で言えば、脳にあたり自分の能力に自信がもてない、限界を感じる、余裕がない、といった事、また、健康状態の悪化を示すというのもあった。

何やら、全部あてはまるような気がしてくるから、あぁ〜見なきゃ良かった、と思っても後の祭り。気にすることも、気にしないことも、私の意思次第なのに、こんな夢を見たいまの自分の無意識な気分や状況がこういう夢をみさせるのか・・・。

エフォートレスの時代の先は?

新聞にエフォートレスという耳慣れない言葉を見つけて、調べてみたら・・・。

エフォートレスとは、努力を必要としない、無理のない、肩肘張らないという意味で、ファッションの分野で使われだし、等身大のナチュラルな自分らしさを大切にしたスタイルをいうのだそう。ここまでなら、まだ洗練さが残るが、このことばと呼応するように、おしゃれはいまや、競うものではなく、頑張らなくてもよいもので、むしろ、おしゃれを嫌う傾向だという。「カッコイイ」はおしゃれをしていないことになるらしい。

「食」の方では、頑張らなくても簡単に作れ、しかも美味しいというものが好まれ、テレビ番組、書籍、化粧、ライフスタイルなど多分野が「ゆるさ」に向かっている。名著、歴史の漫画化においても、文字は出来るだけ少なく、流れをおおむね分かれば良いといういまどきのニーズに出版社がこたえている。

「ゆるさ」の猛威はどこまで続くのか?そして、「ゆるさ」の行きつく先に待ち受けているものは? 私もいつの間にか「ゆるさ」の猛威に浸りかけているような気がする。

展覧会は終わって・・・

企画展が無事終了しても、ほっとするのはまだ先で、今度は作品のお届けや作家に無事返却するという作業が残っています。梱包作業はかなり気を遣う作業です。企画者としてこの返却作業は、とても大事な作業であると想っています。以前、作品が戻った作家さんから、梱包の仕方にお礼を云われたことがありますが、企画者として最後まで責任を持って臨みたいと想っています。ということで、昨日でお客様にも、作家さんにも発送作業が終わり、今日でやっと一息。

次回、企画展は8月16日〜31日 現代陶芸の安藤郁子展。スタジオ・ナイーブ企画としての彼女の個展は13年振りとなります。どうぞお楽しみに・・・。

面倒くさいは、頭も体も劣化させる?

最近、まじめに週一は市の運動施設「元気プラザ」へ行っている。開脚で床に頭も着くし、重いダンベルでスクワットもするし、ウォーキングマシーンも少しずつ時間が長く出来るようになっている。運動は人間が生きる上で食事と同じように不可欠な存在であると再認識し、本腰をいれている。実はトレーニングを20代から続けている夫に誘われる度に、気が向いた時だけ行っていた程度。理由は面倒くさいから。こんな人間のままだと、その内、運動をさせるよう仕向けるAIの道具に操られるかもしれないと、本気で想う。

家についても寒い、暑い度に調整するのが大変だから、空調は自動でコントロールしてくれるのが現代の住まい。先日、面白い話を聞いた。大きな家を手放し、コンパクトでハイグレードなマンションに引っ越し、ある日、うとうと眠って仕舞った。どれ位眠ったのか憶えていない。気が付くと顔の皮膚がガサガサに捲れていたという。理由は不明だけれど、嘗ての古い一軒家では起きなかった事。面倒くさいと思う心が便利さに向かわせるけれど、便利にしなくても良いものと、便利にした方がよいものとごちゃ混ぜになっているような気がする。そのごちゃ混ぜをそれぞれちゃんと自分でジャッジ出来れば良いのだと想うけれど、これは日々の暮らしの中で体に浸み込んで仕舞ったようなものを気づきもせずに頭や体は劣化へとひたすら向っているのかもしれない。

冷蔵庫は人生を複雑にする?

元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣みえ子さんのアエラ連載「アフロ画報」の冷蔵庫の記事が面白い。3・11をきっかけに冷蔵庫を持たない生活、節電生活を実践している稲垣さんは、朝日新聞に掲載された冷蔵庫の片付けを進める記事に注目する・・・すぐ食べるもの、急がないものを区別し一目でわかるようにすれば食材を腐らせることもなくなり食事の支度の時間も短縮できる・・・これに対し稲垣さんは考える

 「思うに、冷蔵庫は人生を複雑にするんですよね。それは、冷蔵庫の中には欲が詰まっているからです。あれも食べたいこれも食べたい。でも実際に食べられるものは限られていて、一時の欲はいつの間にか忘れ去られ、腐り……という無限ループ。そうこうするうち自分が本当は何をしたいのかがわからなくなる。ここをちゃんと制御できる人(冷蔵庫を整理できる人)は問題ないんでしょうが、私には無理だった。なので冷蔵庫をやめて強制的に欲望を制御されスッキリ。冷蔵庫は私の人生を腐らせていたのです。」

 

なまじ冷蔵庫があるばかりに・・・どんどん備蓄して、その内に備蓄したものを完璧に消費できるかどうかという問題を抱えていく。その日食べるものをその日に買っていた時代があった。賞味期限のラベルが付かなくても、ちゃんと自己判断能力が備わっていた。

・・・ものを腐らせない為の冷蔵庫は、ものを腐らせるという皮肉をはらんでいた・・・・

 

 

2019年は野うさぎの足跡でスタート

2019年 明けましておめでとうございます!

元旦は穏やかな朝でした・・・・。

2階の窓から動物の足跡を発見! 小さな穴からYの字に足跡がみえます。どんな動物かしらと不思議に想っていたら、夫は野うさぎではないか、と・・・・すぐにネットで検索したら、当たっていました! 暖かい陽気のせいで、冬眠の穴から出てきていたようです。年末には狸のものと思われる丸い足跡が家の前の道に付いていたし、更にその前にはキツネと思われる一直線の細長い足跡がガレージの横に付いていました。容易に姿は見せませんが、野生動物に囲まれているわが家です!

 

 

氷点下の日です。

昨日と打って変わって、−5℃の今日は窓からの景色もこんな感じ。

お正月は東京から友人ファミリーがやってきます。これまで青森の春も夏も訪れてくれていますが、冬を体験するのは初めての彼らです。この冬があるからこその春であり夏なのだということを感じてほしいと想っています。

鳥は野にあるべし、鳥は野鳥であるべしという哲学から日本野鳥の会を創始、自然保護に対する活動を日本ではじめて唱えたと云われている中西悟堂(明治28年〜昭和59年)、氏の晩年の習慣は厳寒に裸で座禅、「厳寒はハダカの旬である」とハダカの哲学を唱えていました。厳寒こそは人間を鍛えるともいっています。私は鍛えられているのだろうか? オール電化が登場したあたりから家じゅうどこでも暖かい家に暮らせるという快適さが一般的になってきて、そのことと引き換えに、ひょっとしたら何か人間の大事な能力を失っているのかもしれない。

武相荘とわが家

新百合ヶ丘に新居を構えた友人夫婦宅を訪ね、上げ膳据え膳でお世話になりました。人が暮らす家を見学するのが何より興味がある性分の私は、まだ入居して半年、おまけに7か月の乳幼児もいるというのに、友人夫婦の好意に甘え2泊させて頂きました。おまけに近くにあるという武相荘へも案内してくれました。養蚕農家を改造した民家の住まい、白洲次郎、正子が暮らしていた当時を想像しながら巡りました。入ってすぐの土間は15儚僂稜鬚ぅ織ぅ襪貼られたオンドル式の床暖、ここはリビングで、上に上がる梯子が横にあり、下から屋根裏の空間が見えます。そこは物置で、蚕を育てていた部屋だったそうです。母屋の手前にある建物が食堂、レストランになっています。竹藪が家の周囲に広がっていて、青森ではなかなかこういう雰囲気はない。

駐車場からはここを通って行きます。↓

母屋↓室内は撮影禁止

レストランで珈琲タイム↓ 焼き林檎のデザート シナモンが効いて美味しかった。

因みに白洲正子は、料理は一切しなかったとスタッフに聞き、妙に納得。

有名な次郎(1902-1985年)の直筆の遺言書「葬式無用、戒名無用」が正子(1910-1998年)の書斎に入る手前の空間に展示されていました。

で、青森に戻った夜、わが家はすっかり雪で覆われ、自分は別世界に暮らしているのだと痛感!

 

 

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