言葉を通して見える世界

多和田葉子「言葉と歩く日記」岩波新書

帯状疱疹による痛みは90%無くなり、発疹も黒ずんだカサブタに変化し、だいぶ楽になった。痛くなる前に買っていた多和田葉子の岩波新書を読んで、「言葉」の存在の意義について改めて想いを深くしている。毎日湧き上がる数々の疑問、数々のすぐれた書物との対話、旅で出会った人々の言葉、街角で目にした光景、言葉にまつわる出来事や出来事としての言葉、友人、家族、作家仲間、過去の作家の亡霊、いろいろな声を入れることが出来る日記(2013.1.1〜4.15)という形式が著者にとって言葉について語りやすいものだったという。(著者は22歳でドイツに移住、40年近く暮らす。約30年前からドイツ語と日本語の両方で作品を書いて発表、日本語で書いた自身の作品をドイツ語になおしたことは一度もなかったが「雪の練習生」をドイツ語にしてみたいと、その間に書いた日記)

 

この中の1月5日の行がなかなか興味深い。スイスの山の中にある日本で言えば温泉旅館(私が好きな建築家ペーター・ツムトアの作品、温泉というより現代美術を展示する美術館のような緊張感ある建物。ここにある箱型のスパを体験しに世界中から人が集まっている。)この温泉、「火の湯」が一番熱く、水のように「冷たい湯」もある。と、ここで著者が思わず書いた日本語の「水」は冷たい水だけをさすので、日本語に訳すと矛盾した表現になってしまう。そこで、著者は単語に矛盾する形容詞を付けて日本語で遊んでみる。

閉鎖的開国、国民無視の民主主義、病的健康、負け組の勝者、窮屈な自由、できるダメ人間、年をとった若者、無駄なお金のかかる節約、安物の高級品、危険な安全保障・・・・

社会を透かして見るのに必要不可欠なレトリックだという気さえしてくる、と。

何とも痛快です! 私もあれこれ考えている。無口なおしゃべり、迷惑な親切、嘘をつく正直者、暗い明るさ、便利すぎる不便、豊かな貧困・・・・

みなともっと別れよ。

新元号が分った日にちょうど読みはじめた辺見庸の「記憶と沈黙」は、書き出しから想わず息を呑んで仕舞った。

・・・だれにでもなく、自身にくりかえしいいきかせなければならない。あらためて記すまでもないことだけれども、残りの生を意識し、ここにあえて書きおく。みなともっと別れよ。みなともっと離れよ。人をみなといっしょになって嘲ってはならい。その彼か彼女をみなといっしょになって指弾してはならない。その彼か彼女が疑いもなく悪ければわるいほど、みなと声を一つにして難じてはならない。みなととともに叫んではならない。みなとともに祈ってもならない。みなと同じ声で泣いてはならない。みなといっしょに殺意をいだいてはならない。みなといっしょの認識には、かならずといっていいほど錯視がふくまれているから。みなといっしょの行動にはたいてい救いがたい無神経とヒューブリス(極度の自尊心や自身)と暴力ないしその初歩的形態がひそんでいる。・・・・

 

ジョージ・オーウェル「1984」をこの冬読了し、いまの日本と妙に符合する怖さを感じている。そして、元号のニュースに大騒ぎする空気、政府の支持率向上・・・空気だけでみなといっしょに動ける人々がいる。 自分の理由と責任で考え、行動できるエネルギーを持ちたいと想う。

さらばモスクワ愚連隊 

五木寛之「さらばモスクワ愚連隊」朗読CDを聴いた。新聞で久しぶりに五木寛之のインタビュー記事を読んで、そういえばあの本読んでないなあと、はじめは本を買おうと想っていた。ところが若山弦蔵の朗読CDにしびれたというレビューに目が止まり、無性に聴いて見たくなった。

やぁ〜良かった!!! もう何度も繰り返し聴いている。

権力から遠く離れた人物たち、そして権力の側にいたとしても音楽を愛する人物、どの登場人物も愛しい存在に想わせる。そしてジャズの魂に触れるクライマックス、まるで音楽が聴こえるような錯覚を覚えるジャズセッションのシーン、2時間はあっという間だった。主人公北見と若山弦蔵の声ははじめから一つになっていた・・・。

かつてこの作品は60年代の若者に熱烈に支持された。まさにその若者だった知人夫婦(現在青森市在住)はこの本に影響を受け、主人公北見と同じように、バイカル号でナホトカへ行き、そこからアエロフロートでモスクワまで行っている。この体験談は、スリリングそのもので、旅で知り合った一人は行方不明のままだという。その後、北欧・英国と貧乏旅行をし、シベリア鉄道で帰っている。彼らによると東京で暮らしていたあの頃、周囲の知り合いはみんなこの本を読んでいて、中には物語に登場するジャズBAR「赤い鳥」を捜しに行った人もいた。実際には「青い鳥」だったというエピソードもあるくらい当時の若者の熱狂ぶりがわかる。熱き心は、今もかれらの記憶のなかで生き続けているのだろうか・・・?

(因みに若山弦蔵の両親は青森県下北郡佐井村出身)

自分の生き方を選ぶこと・・・?

大人のシックはパリにある Madam Chic Paris Snap  (主婦の友社)

3年前に買っていたこの本は58歳〜78歳のおしゃれマダム23人の装いや暮らしを紹介する写真集。この中に登場する一人の女性は「お金をかけられない時こそ、とびきり質のいいものを一つだけ買う」と語り、年齢を重ねても独自の美意識を貫く女性たちは何処か潔さがある。この写真集の興味深いのは、それぞれの女性たちの住まいも紹介しているところ。

何だか惹かれた室内がこれ↓ この本の表紙の女性(71歳)の家。

「着るものを選ぶということは自分の生き方を選ぶこと」ココ・シャネルの言葉が本の帯に書かれています。

まぁ・・そこまで大げさではないにしろ、その人自身を表すひとつではあるのでは・・・。

 

ソロー「森の生活」そして映画

厳寒の冬の日々には持ってこいの読書となったヘンリー・デービッド・ソロー著「森の生活」。読みだした昨年の夏には、どうも読み進めず冬に改めてゆっくり読もうと決めていた。連日氷点下の閉じ籠った生活は、寧ろじっくり味わって読み込むことが出来て、なかなか充実した時間だった。後半の冬の頁「冬の動物」「冬の湖」ではまさにソローと同じ体験をしている感覚だったし、読了した2月末、それは「春」という頁で完。まさにグッドタイミング。

150年ほど前に書かれたこの本はソローが自ら建てた簡素な小さな家(3m×4.6m)で自給自足をし、その実験的生活の2年2か月を通して思索した日々が綴られている。

人生について書かれた行・・・ここに人生という、私がまだほとんど手をつけたことのない実験がある。だが、以前にだれかが手をつけたからといって、こちらの役に立つわけではないのだ。もし自分でも価値があると思われる経験にぶつかるとすれば、それは私の指導者たちが一度も教えてくれなかったものであることに、きっと思い至るだろう・・・・

 

私が惹かれたソローの言葉・・・私の家には三つの椅子があった。ひとつは孤独のため、もう一つは友情のため、三つめは交際のため・・・孤独であるという事と友情と交際が並んであるということ、じーんとくるものがある。

 

最近、アンドレイ・タルコフスキー(1932〜86年)というソ連の監督の映画「ストーカー」(1979年)を観て、丁度読んでいたせいか、ソローの影響を強く感じさせた。調べたらやはりそうだった。この映画も時間の流れに抑揚がないまま観客を自然描写を通して深い精神性の世界へぐいぐいひっぱっていく、そして、最後の最後に強い余韻を与える。(タルコフスキーは「映像の詩人」と云われている)

 

 

 

8月15日の朗読会

今年も8月15日㈫ 戦争について考えるをテーマに文学作品を取り上げる朗読会が開催されます。

会 場  :ペーパームーン http://pmcafe.weebly.com/

時 間  :19:00〜(開場は18:30) 

会 費  :500円(ドリンク料)予約制で定員になり次第締め切り 

申し込み :ペーパームーン 090-6855-7345

朗読は、元RABアナウンサー大竹辰也さん

 

朗読に合わせ、音楽や空間の構成を協力していて、昨夜の打ち合わせで音楽も決定。

第一部 「銀の匙」中 勘助 

近年、岩波文庫で読者が選ぶ「私の好きな文庫」で夏目漱石の「こころ」「坊ちゃん」に次いで3位に選ばれた「銀の匙」、著者自身の幼かった頃の回想を綴った滋味あふれる作品、後編に綴られた戦争(日清戦争)一色の風潮の中で、好戦的な先生や生徒に疑問を抱くシーンを取り上げます。

第2部 「夏の葬列」山川方夫

中学の国語の教科書にも取り上げられている作品、戦争の悲惨さを静かに訴える純文学、そして、最後のどんでん返しはまさにミステリー、様々な存在感を放つ短編の名作

 

 

人間の尊厳について

・田中奈保美/著 枯れるように死にたい「老衰死」ができないわけ 新潮文庫

著者本人から贈呈されたのがきっかけでこの本に出会い、今の高齢者医療・介護のあり方について漠然と持っていた疑問、不安、不信がだいぶはっきりと視えた気がしている。

「老人医療の基本は、本人が自力で食事を嚥下できなくなったら医師の仕事はその時点で終わり、あとは牧師の仕事です」 

このフランスの医師のことばは印象的だった。人が天にめされるということ、それを医師がじゃまをしてはいけない。

老人が尊厳を持って死んでいくことがいかにいまの医療現場、介護現場で難しいことであるかを著者自身の経験からレポートし、考察し、高齢者の看取りについて、読者へ改めて考えさせるきっかけを与えてくれる。2010年8月に新潮社より刊行され、2014年に文庫化。この本が書かれてから7年が経過してる。高齢者の看取り、人間の終末観はどこまで深化しているのだろう。

 

・V.E.フランクル/著 夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録 みすず書房

人間の尊厳について深く考えさせられた。ずっと読まなければと思っていた。老人医療について先の文庫を読んだ後に、ふっと読んでいた。最終章「深き淵より」のこんな行がある。

 

われわれはこの地球上には二つの人間の種族だけが存するのを学ぶのである。すなわち品位ある善意の人間とそうでない人間との「種族」である。そして二つの「種族」は一般的に拡がって、あらゆるグループの中に入り込み潜んでいるのである。専ら前者だけ、あるいは専ら後者だけからなるグループというのは存しないのである。この意味で如何なるグループも「純血」ではない・・・だから看視兵の中には若干の善意の人間もいたのである。中略 あらゆる人間存在を通じ善と悪とを分かつ亀裂は人間の最も深いところまで達し、収容所が示すこの深淵の中にも見ることができたのである。

 

解放された後の人間の著しい離人症、自由が本当の現実かどうかを疑うひと。何時間も何日も夜遅くまで食べるひと。そして、何時間も語り始める、語らざるおえないとどめることができない衝動。そして、ふたたび人間になってゆく。

 

深く考えさせられた2冊の読書だった。

 

 

図書館で借りた本

県立図書館ではじめて本を借りました。で、いま読んでいるのが「完本 短編集 モザイク  三浦哲郎」。三浦哲郎は1931年八戸市生まれ2010年8月29日没。以前ブログでも三浦の人生について触れたことがありますが、10月15日(土)19:00〜 ペーパームーンギャラリーで開催される朗読会(朗読・大竹辰也氏)で森鴎外・著「高瀬舟」と三浦哲郎・著「ほととぎす」を取り上げることになり、図書館で「ほととぎす」を読んでこようと想ったのです。てっきり、県人コーナーのようなものがあってすぐに見つかるかと思いきや、そういうコーナーはあるにもかかわらず、太宰のものだって少しだし、まして三浦のものは、まったく見当たらない。受付でたずねてみると、書庫に保管してあるというので、出してくれたのがこの本でした。この短編集に「ほととぎす」が入っていたので、そのまま図書館で読んで、受付に返す段になって、ふっと、借りることにしたのです。

 

三浦が亡くなった2010年に刊行されたもので、全六十二編の短編集。著者あとがきによると、長大な作品よりも隅々にまで目配りのできる短いものの方が自分の性に合っていると述べています。どの短編も小説というよりもエッセイのような雰囲気で、すーっとものがたりの中へ入り、気が付けばすーっと、ものがたりが終わっている。そんな感じがする。この読後感は、どこか向田邦子の読後感にも似ているような・・・・。

「すみか」というものがたりでは、川の拡幅工事でもうすぐ毀すことになっている住まいについて、父親が話すこんな行があります・・・もうすぐ毀すと思うと、つい、手入れがおろそかになる。庭木の枝は伸び放題だし、塀もあちこち崩れかけている。雨樋の錠びや漆喰の汚れに気がついても、もうすこしの我慢だと思って、目をそらす。家って住んでる者の気持ちがうわの空になると、途端にどんどん窶(やつ)れるな・・・・こんな風に住まいについても言葉と同じように丁寧に見つめている著者自身を感じる。そして、暮らしそのものに見え隠れする切れ端のようなものをすくいとる。この作品は、座敷わらしの不吉ないい伝えを主人公の父親が思い出したとき、とたんに読者は不気味なこころもちになっていく・・・。

「じねんじょ」「ゆび」「みのむし」など惹かれた作品・・・朗読会というきっかけがなければ、たぶんこうして三浦哲郎の短編集に出会う事はなかったでしょう。生前、三浦は100篇の短編を書くという試みを抱いていたようですが、書き上げた六十二編が入った「完本 短編集 モザイク  三浦哲郎」、図書館の書庫に仕舞っておくには、随分もったいない・・・・。

 

 

食談、食べる話の本

食本
ここのところ、食にまつわ読書が続いている。
まずは、「ロッパ食談」(河出文庫)。著者は、昭和のはじめエノケンと並び活躍したコメデイアン古川ロッパ(緑波)。この本を先月上京する新幹線の中で読んで行った。戦後の街を颯爽と食べ歩き、その食談が何とも痛快。ただし、あくまでも知的で品があり、「糖尿病に栄光あれ」と叫びながら食べ続けても、その食べ方はきっと美しかったと想ってしまう。面白くて青森に帰ってから、また寝る前に読み返していた。例えばこんな行、この頃盛んになったものに、お好み焼きがあります。大阪が一番盛んなようです。ソースと葱とウドン粉のかもし出す詩です。大人と子供のケジメがつかなくなる食物です・・・・ケジメという言葉が効いている。

若い頃に編集者をしていたロッパは読書量もかなりのものだったようで、読んだ本に出てくる食にまつわる部分を紹介した食書ノート、私にもロッパの感心が移っていた・・・
菓子が殿(しんがり)をつとめないディナーは、いくら美酒佳肴があっても、花の咲かない園か片目の美人だ
 「わが家のメニュー」滝沢敬一
英国の料理がまずいと言われるのは、一番上等な付き合いが料理屋でなくて、家庭で行われるからである
 「酒に飲まれた顔」吉田健一
日本には、わさびがあるから、日本人は刺身の美しい味を知ったのだ
 「ふるさと随想」森田たま による北大路魯山人の説として

そして、いま読んでいるのが、「もの食う話」文藝春秋編。
”食にまつわる不安と喜び、恐怖と快楽をあますところなく描いた傑作の数々をご用意しました”と「厨房から」というタイトルではじめに書かれています。大岡昇平、内田百痢⊇貸稽局А武田泰淳、武田百合子、岡本かの子、色川武大、筒井康隆、向田邦子、森茉莉・・・まだまだ書ききれないのですが、編集者のセレクト(献立)でフルコースの作品構成になっている。
前菜に用意された渋澤龍彦の「グリモの午餐会」は私の中で秀逸

自分でも読んだ本をこんな風に編んでみたい気になる。それにはまだまだ読書が足りない!

 

トーマス・マン 「魔の山」読了

トーマス・マン
いつか冬の間に読もうと決めていながら、やはりその長さに尻込みしていた。で、やっとこの冬、トーマス・マン「魔の山」上・下を読了。時間はかかったけれど思いのほか読みやすかった。物語そのものよりも、むしろ主人公が語る行間のことばにこころが揺さぶられ、ページをめくるのが惜しいくらいの場面が何度もあったし、いかにも美味しそうな豪華な食事やアルコール、お茶の時間の贅沢なお菓子が出てくるとそのシーンが目に浮かぶようで、何ともほっとするひとときになった。偉そうな感想は書けないけれど、私でも読めたということは、この本は読者次第でいろんなテーマで味わえる要素をもっているのだと想う。
「魔の山」はトーマス・マンが11年を費やして完成させている。(この間に第一次大戦が勃発している)
舞台は第一次大戦前、ハンブルグ生まれの青年ハンス・カストルプがスイス高原ダウ"ォス(ダウ"ォス会議が開催されている地)にあるサナトリウムに従弟のヨーアヒム・ツィムセンを見舞い、自身も1週間そこで休暇を過ごすというところからはじまる。しかし彼にも結核の兆候が表れ、滞在者という立場から、次第に療養者としての立場になっていく。この小説はいわばハンス・カストルプが国際結核療養所ベルクホークで療養生活を送る7年間のこころの軌跡。それは日常生活から隔離され病気と死に支配された療養生活の姿であり、その中で知り合う院長のベーレンス、精神分析医ドクトル・クロコフスキーをはじめ様々な国からきた療養患者たちへの観察眼であり、人間と人生、その時間の在り方を考えさせる。そういう中でもロシア婦人ショーシャに愛が芽生える。さらに理性と道徳に絶対の信頼を置く民主主義者セテムブリーニ、独裁によって神の国をうち樹てようとする虚無主義者ナフタたちとの出会いで、思想、哲学、宗教、政治が論じられる。(この辺は難しかった)そうして次第に自己を形成してゆく過程が描かれていく。

こんな風に書くと何だか硬そうですが、食事のシーンが語られる場面では、実に美味しそうなメニューが並び、読書はここでしばし一息という風に、ちゃんとトーマス・マンは読者のこころにも配慮しています。
主人公がベルクホークで夕食をはじめて体験するシーン、こんな行・・・食事は素晴らしかった。アスパラガスのスープ、詰め物をしたトマト、いろいろな添えもののついた焼肉、特別上等にこしらえたプディング、チーズ、くだものなどがでた。ハンス・カストルプは大いに食べた。・・・・どうです、目にも鮮やかなフルコース、本当に美味しそうなのです。朝食は2回、昼食、ティータイム、夕食、夜食とつづき、寝る前には寝室に濃厚なミルクが準備される。この部分だけメニューを抜き書きしてみたくなります。(邪道でしょうか・・・)

多くの印象的だったことばの中から少し・・・
旅に出て2日もすると人間、日常生活、すなわち義務とか利害とか心配とか見込みとか自分がそういう名前で呼んでいたいっさいのものから遠ざかってしまう。時間と同じように空間も忘れさせる力を持っている。

崩したお金はもう使われてしまったも同然であるように、月が始まれば、その月が過ぎ去ったも同然だったのである。

終わり(死)を思わせるものは何ひとつ眼に触れさせないように気を配ることが、結局は空しいことだと悟る。
 
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