菅原克己という詩人を全く知らなかった。高田 渡には、菅原克己の詩「ブラザー軒」に曲を付けた同名の作品があり、この曲を通してこの詩人を知った。
昨年末、入手したばかりのこの詩集 −菅原克己ちいさな詩集「陽気な引っ越し」−
いまのこういう状況下で、ふっと、私が印象的に残った詩を想い出した。
「自分の家」 菅原克己
もう帰ろうといえば、
もう帰りましょうという。
ここは僕らの家の焼けあと。
きのうまでのあの将棋駒のような家は
急にどこかに行ってしまって、
今朝はもうなにもない、なにもない、
中略
もう帰ろうとまたいえば
もう帰りましょう、と
お前は煤けた頬で哀れに復唱する。
光子よ、帰ろうといってもここは僕らの家。
いったいここからどこへ帰るのだ。
自分の家から帰るというのは
いったい、どうゆう家だ。
菅原克己は、1911年宮城県亘理町生まれ、1988年没
この詩は、空襲で自分の家を焼失し、もう帰ろう、と、奥さんの光子さんと淡々と語っている
いま、私は、この詩を再び読み直している・・・。