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イタリアと武漢の差

コロナ禍がこのまま一年位続くと、こういう状態にすっかり慣れてしまうのかもしれない。”絶望に慣れることは、絶望そのものよりも悪である” カミュの「ペスト」の中で語られる言葉がずっとこころに残っている。

 

日々コロナの情報を従来の新聞・ラジオのほかに今はネットを通してより広く、より深く検索し知ることが出来る。新聞やテレビ・ラジオが何を報じていないかに自ずと気づいてくる。

 

「武漢の真実」と入力して検索するとそこには、政府に検挙されることを覚悟で投稿した一般市民の政府に対する強い憤り、訴え、押し殺し声だけが真っ暗な画面で私たちに伝える。中国で報道される武漢感染者0となったという明るいイメージとは程遠い残酷な内容が語られている。

 

そんな中、今朝の新聞で、イタリア市民の「連帯」「共感」「わかちあい 」の精神が伝わる ”ありふれた日常を大切にする意地” というものを感じさせるグッとくる内容だった。

 

・・・誰が言い出したのか「13日午後6時になったら、みんな自宅の窓を開けて、何でもいいから歌をうたって、家にある楽器を奏でてほしい。この国を元気づけよう」という呼びかけが流れた。イタリア国家や詩人レナード・コーエンの「ハレルヤ」などを歌う人々の姿が報道された。翌日は「正午に窓を開け、拍手しよう。最前線にいて、きょうも奮闘する医療関係者を励ますんだ」と流れ、各地で拍手が鳴り続いた。・・・・

 

第二次世界大戦中、ナチスへの激しい抵抗活動で多くの市民が殺された歴史も影響し、右派政党が掲げる移民排斥・人種差別的姿勢に反対する無党派の「私はイワシ運動」が昨年からイタリアボローニャから広がっているという。2018年からこのボローニャの大学に通っている客員編集委員をしているこの記事を書いた記者は、ありふれた日常を侵されたくないと願うイタリア人の意地と底力を見た思いだと書いている。

 

共産党一党独裁国家と民主国家、コロナ禍でイタリア人がどんな苦境であっても中国武漢の声を押し殺して暮らす人々とは、日常が桁違いに異なっている。

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